大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

大阪高等裁判所 昭和29年(ラ)55号 決定 1958年7月28日

抗告人 高垣定夫(仮名)

相手方 矢崎昭夫(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告申立の趣旨及び理由は、別紙のとおりである。

抗告人は、本件養育料請求家事審判の申立は、相手方ではなくその母矢崎富子自身がしておるのであつて、同人は申立人たる適格を有しないと主張するので判断すると、記録によれば、昭和二八年九月二〇日原裁判所に対して抗告人を相手方とする本件養育料請求家事調停の申立がなされ、同年一一月二六日該調停が成立しなかつたため、本件審判の申立があつたものとみなされたのであるが、本件家事調停申立書一枚目表には、「申立人矢崎富子」の記載とその押印があるけれども、同一枚目裏には、「申立人矢崎昭夫昭和二三年一月三一日生、同法定代理人親権者母矢崎富子」の記載があることが明らかである。従つて本件家事審判の申立人は相手方であるといわざるを得ない。抗告人の右主張は採用することができない。

抗告人は、原裁判所は相手方の親権者母矢崎富子の昭和二八年における月収は手取六、六二五円であると認めているところ、京都市では二人世帯の最低生活費は月額四、〇〇〇円であるから、抗告人は相手方を扶養する必要がなく、仮に原裁判所が認めたように相手方一名の生活費として月額五、〇〇〇円を要するとしても、富子は親権者としていわゆる生活保持の義務を有しているから、そのうち四、〇〇〇円を、抗告人は一、〇〇〇円をそれぞれ負担するのが相当であると主張するので考えてみるに、原裁判所は証拠に基き富子と抗告人は先に調停上の離婚をし、その間の子である相手方の親権を行う者を富子と定めたところ、昭和二八年において、富子は幼稚園保姆として月収手取六、六二五円を、抗告人は青果物商を営み年間収益一四五、〇〇〇円を得ており、相手方の生活費は月額五、〇〇〇円であると認め、富子はそのうち二、〇〇〇円、抗告人は三、〇〇〇円をそれぞれ負担すべきであると判断したのである。しかしたとえ、当時京都市において生活保護法による最低生活の生活扶助基準額が二人世帯で月額四、〇〇〇円であるとしても、この基準額によらなければならないものでなく、記録によると、相手方は当時幼稚園に通い、その費用月額一、二三〇円、食費その他の生活費四、八五〇円計六、〇〇〇円以上を要し、富子は幼稚園保姆として平均月収約七、〇〇〇円を得、抗告人は昭和二七年には青果物商として年間収益二三〇、〇〇〇円月額約一九、〇〇〇円を得たが、昭和二八年七月頃京都市○○区○○○○町にあつた店舗を廃し同市○○区○○町○○町上るに店舗を開き、同年度の収益は前年度より少くないこと、富子の生活費は少くとも月額約六、〇〇〇円であることが認められる。とすると、富子の右月収からその生活費を差し引いた残額は約一、〇〇〇円となり、同人に相手方の前示生活費教育費計六、〇〇〇円の二分の一の三、〇〇〇円以上を負担させることはとうていできないから、抗告人に対し相手方が満一八歳に達するまでその二分の一の三、〇〇〇円を負担させるのは相当であるというべきである。抗告人の右主張は採用するを得ない。

抗告人は、自分は身体障害者であつて昭和二八年には年収約一三〇、〇〇〇円しかなく、税金の滞納さえあるところ、自己の亡兄の子二名を扶養しており、相手方を扶養する余裕がないと主張するので判断するに、抗告人の昭和二八年の収益が年額二三〇、〇〇〇円を下らないことは前に認定したとおりであり、たとえ抗告人が亡兄の子を扶養しているとしても、抗告人の子である相手方に対する親権者でない親としての扶養の義務は、本来いわば潜在的であるけれども、親権者に十分な扶養能力がない場合は、その限度において現実に履行されねばならないところ、抗告人の三親等の親族にあたる亡兄の子に対する扶養の義務は、家庭裁判所の審判をまつて始めて発生するものである(民法八七七条二項)し同審判のあつたことは抗告人の主張立証しないところであるから、抗告人は義務なくして亡兄の子を扶養しているものというべく、抗告人は後者に先だつて前者、すなわち自己の子たる相手方を扶養すべき義務があるものといわなければならない。しかも仮に家庭裁判所の審判に基く抗告人の亡兄の子に対する扶養義務があるとしても、それは扶養の順位において前者に後れるものといわなければならない。抗告人の右主張は採用することができない。

抗告人は、相手方を引き取り扶養すると主張するので考えてみるに、抗告人と相手方の母富子との離婚に際し相手方の親権者を富子と定められているのみならず、その後他に相手方の監護者が指定された事実は認められないから、相手方の監護教育を行う者は依然として母富子であり、富子が適当であるといわざるを得ない。従つて親権者でも監護者でもない抗告人は相手方に対し自己と同居することを要求し得ず(民法八二一条参照)、相手方を引き取り扶養するのは扶養の方法として適当ではないというべきである。抗告人の右主張も、また採用するを得ない。

抗告人は、仮に養育料を支払わなければならないとしても、原審判の命ずるようにこれを富子に交付することはできないと主張するけれども、およそ未成年者の法定代理人は未成年者に代理して財産上の行為をする権限があるのであるから、相手方の親権者母法定代理人富子に対し、相手方に支払うべき金銭を交付することは当然のことといわなければならない。もしも富子が抗告人から金銭を受け取りながらこれを相手方の養育以外の使途に費消するおそれがあるときは(このようなおそれは記録上認められない。)、管理権喪失の宣言(民法八三五条)等の救済手段がないわけではない。抗告人は相手方に対して支払うべき金銭をその法定代理人たる母富子に交付することを拒否するを得ない。抗告人の右主張は採用することができない。

そうすると、右と同旨の原審判は相当であるといわなければならない。他に記録を調べてみても、原審判を取り消すべき違法の点は認められないから、本件抗告を棄却することとし、家事審判規則一八条家事審判法七条非訟法二五条民訴法四一四条三八四条九五条八九条を適用して主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 熊野啓五郎 裁判官 岡野幸之助 裁判官 山内敏彦)

(別紙)

抗告の趣旨

原審判の取消を求めます。

抗告の理由

一、京都家庭裁判所の資力収入調査によると、申立人の親権者であり監護者である矢崎富子は、幼稚園の保姆として勤務毎月額手取六千六百二十五円の収入を得ておると云うが、尚之以外に賞与金も相当あるものと思われる。今京都市に於ける生活保護法による二人の生活困窮者に対する生活扶助基準額は最大限毎月約四千円である之が現在の国情に於ける日本国民の健康で文化的な生活水準を維持する最低線である。案ずるに、親権者であり監護者である矢崎富子の収入は他からの扶助を受けることなく工夫努力すれば好く母子二人の生活を維持し得るものと認められ、諸給与ベースを見ても標準家族五人に対し月約一万五千円で一人当り約三千円の金額である。然るに申立人は当該審判の前提たる養育料請求調停申立に於て申立人の生活に一ヶ月約六千円を要し之の半額毎月参千円を被申立人に要求し該審判に於ては養育費月五千円と決定、此の内二千円は申立人(註――申立人は無収入であり母富子の負担と推定される)、参千円は被申立人の負担と審判せられたが、養育費月額はもつともつと圧縮さるべきで、又負担割合月額二千円を親権者であり監護者である矢崎富子が負担するものと推定すれば被申立人との間に於ける負担割合はすこぶる(以下述べる事情により)不公平であります。

一、申立人高垣富子被申立人高垣定夫間の京都家庭裁判所昭和二十八年(家)第一六七・一六八号財産分与養育料請求事件(被申立人の即時抗告により争いたる事件)を昭和二十八年四月十六日審判するに当り担当小久保義憲審判官はその審判理由に於て「申立人は目下幼稚園の保姆として月収五千円を得ておるに過ぎないから、この収入で親子が生活して行くことは稍困難と思われるから、相手方より同児の養育費として毎月三千円を昭和二十八年一月以降昭夫が満十八才に達する迄毎月末限り申立人方に送金して支払わせるを相当と認める。もつとも今後申立人の収入が増加し昭夫の養育費を十分に賄い得るに至つたときは相手方よりの送金を受けるべきでないと考える」と述べながら、如何なる事情変更あつたのか僅か約八ヶ月後の今回の養育料請求事件の審判に当つて同一人である担当小久保義憲審判官は前事件の審判理由による高垣富子(矢崎富子)の月収約五千円より月収約二千円飛躍、賞与等も含み約七千円となり、又前述社会諸情勢に比較し既にその見解稍困難の域を脱せるものと思われるに相変らず被申立人に対し月三千円の仕送り扶助せよと判断せられ、尚且つ高垣富子(矢崎富子)の月収約二千円増収ありとせば約八ヶ月間に於ける経済事情の変化は一応抜きにして常識的に数字的に判断すれば前申立事件に於て同一審判官は被申立人の毎月三千円送金と高垣富子(矢崎富子)の月収約五千円の合計八千円を以て親子二人の生活を為し得るものとせられ、又「もつとも今後申立人の収入が増加し昭夫の養育費を十分に賄い得るに至つたときは相手方よりの送金を受けるべきでないと考える。」と判断せられたのであるから、被申立人の負担は三千円より二千円(矢崎富子の増収額)控除せる一千円の線が合理的なるに尚当該審判に於て尚被申立人に毎月三千円負担せしめる審判は納得出来ません。

一、当該事件の審判理由に於て、被申立人は京都市内で青果物商を営み昭和二十七年度において純収入年額十四万五千円(○○区税務署では二十三万円と更正決定)を挙げておる事実を認める事ができる。而して被申立人は現在同営業を継続して居ることは調停委員会で認めて居るところであるから二十七年度に於けると略ぼ同様の収入を挙げ得るものと認めるを相当とすると述べているが、京都家庭裁判所が同庁昭和二十八年(家)第一六七・一六八号財産分与養育料請求事件について昭和二十八年四月十六日為した審判に対する即時抗告状に於ても述べた如く、被申立人は両親共に亡き兄の遺児高垣忠男(当十五年)高垣邦夫(当十三年)を養育同居生活為し居るものにして年収十四万五千円は生活に余裕がない。二十七年度所得税○○税務署二十三万円と更正決定せられたるに対し被申立人は当時直ちに異議申立をしたのであるが更正決定額と申告額との差額八万五千円は、之も前事件の抗告状にも述べた如く、申立人の親権者であり監護者である高垣富子(矢崎富子)が被申立人と婚姻生活同居中住所地店舗に於て昭和十七年一月十二日より同年五月十一日迄二十万五千円の果物罐詰等の商品を販売し高垣富子の責任に拠り約三万二千円の赤字を生ぜしめ通常の注意を以てすれば商品仕入高の約二割五万一千円の利益あるべき筈なるに其の五万一千円と赤字の三万二千円合計八万三千円と大体金額が符合するので税法上如何とも方法なしと認め已むを得ず更正決定を呑んだのであるが、其後主たる営業所である○○区○○○○町○番地(○電○○駅前)を○○電車○○駅より○電○○柳の連絡線(○○線)の建設予定或は売上げ税金等諸般の事情を考量検討の結果本年七月二十日限り閉鎖廃業致し○○税務署にも申告致しました。此の点家事調査官の調査等により審判官は了解して居られないのか若し了知して居りながら昭和二十七年度同様の収益を昭和二十八年度に於てもありと認められるのは仲々被申立人に対し苛烈なる見解であり実際は約十三万円位で到底仕送り扶助する余裕はありません。

一、被申立人は現在昭和二十八年度所得税第二期分六千百六十円滞納の為め○○税務署より滞納処分差押を受けて居ります。市民税も税額三千四百二十八円外滞納あり、府税事業税も第一期分一万六百八十円を漸く十一月末より毎月二千円宛分納を認められ納付した様な次第で、之等公租公課を完全に果すことも又生活の一部分であるのにそれすら満足に出来ない現状でありますので生活に余裕はありません。

一、被申立人は○○府第六七〇〇号身体障害者手帳を貰つて居り身体障害者等級による級別四級の身体障害者であつて到底職業的にも現在は勿論将来に於ても常人の如き経済的活動は困難であります。然るに申立人が満十八歳に達する迄約十年以上の長年月に亘る毎月三千円の仕送り扶助せよとの当該審判は被申立人側の事情に対し何等参酌する処のないすこぶる被申立人に苦痛を加える決定であると思われます。

一、申立人の親権者は母矢崎富子であり監護者も又同人である。被申立人は申立人を手元に於て養育するべく母矢崎富子と争つて来たが遂に遺憾ながら審判の結果被申立人の手元から離れて行つたのであるから、矢崎富子は親権者監護者として申立人と一つ屋根の下で親子として共同の家族生活を営むことを前提とした扶養義務を負担し自己の全収入を挙げて自分と同等の生活を保持せしむべきであるのに論理的にも申立人に対する矢崎富子の負担金月二千円と制約せる審判は失当であります。

一、被申立人は申立人の父として幼児である申立人が真実生活に困難であると云うなら父の家へ帰つて来いと云いたい。何時でも手を受けて父は待つている。父は申立人が帰ろう帰ろうと常々云つているといふ事を他人から聞いている。又京都地方裁判所昭和二十七年(家)第二一八六号親権者指定事件(申立人に該る)に於て審判理由として申立人が現在居住中の「大塚逸郎方は家庭円満階上階下合せて六室を有し外に台所湯殿ありて閑静なる住宅街に位置し裏側に児童公園ありて幼児を育てるに好適の場所にあり大塚夫妻は申立人と共に昭夫を愛しており昭夫は逸郎を父の如く慕い云々」とあつたが当該事件の調停に於て矢崎富子は来年四月頃も早大塚逸郎宅より他に転出すると云つている。それ等の点或は来年就学期でもあり手元に引取るべく終始調停の席上調停委員に取計い方御願いするが念願達成しないのである。遺憾ながら申立人の母は申立人を道具として父から多額の金を得て自己の欲望を満足せしめ様と計画実行して居るのである。申立人の母は父と事実上昭和二十七年六月離婚するに当り何等協議することなく、申立人を父の手元より連れ去り京都家庭裁判所昭和二十八年(家)第一六七・一六八号財産分与養育料請求事件の調停申立に於て申立人の養育費として金五十万円を要求しその不当なる申立を父の即時抗告により大阪高等裁判所昭和二十八年(ラ)第五三号により一蹴せらるるや多少でも理由のあるところ父より金を出さしめ自己の欲望を充足せんとのさもしい考えから申立人の法定代理人たる地位を自己の為めに利用して居るのであつて其の点当該申立書に於ても申立人矢崎富子と記入されているではないか。申立人の申立なるや矢崎富子個人の申立なるや甚だ疑わしい点あり、従而当該審判に於ても理由に於て二千円を申立人に負担せしめとの文言があるがおそらく親権者監護者法定代理人である矢崎富子に負担せしめる意味と解される事は前に指摘した通りで当該裁判所も申立人は矢崎富子と認めて居るものと断ぜられ結果矢崎富子は当事者適格がないから違法な請求であると云わざるを得ない。

一、矢崎富子は自己の野望達成の為めには公平なるべき審判の事実認定さへ或は過まらしめる如き嘘の申立は平気でやつてのける人物であり財産分与請求事件に於て上申書と称し第三者所有の財産を意識的に被申立人の財産であると申立てたり或は事実上離婚するに当り偶々被申立人の管理せる第三者所有の物件を被申立人の留守中数回に亘り搬出数十万円の損害を加える等許すべからざる点が数々ある、父は仮に適正なる金額の送金扶養せよとの審判に服するにしても申立人の母矢崎富子に送金管理せしめる事は拒否致します。

以上申述せる通り原審判には具体的妥当性を欠き納得出来ませんので本件抗告に及ぶ次第であります。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例